アフリカ豚熱(ASF)
African Swine Fever
豚とイノシシの感染症で、致死率はきわめて高い。人には感染しない一方、有効なワクチンが存在せず、発生国からの豚肉輸入は数年単位で止まる。2018年の中国をはじめ世界で拡大が続いており、直近では2025年11月のスペインの発生で、日本の輸入の2割近くを占めていた同国産が停止した。日本国内での発生は一度もない。
ASFとは
ASFV(アフリカ豚熱ウイルス)による豚・イノシシの伝染病。発熱と全身の出血性病変を特徴とし、急性型では致死率がほぼ100%に達し、発症からおよそ1週間で死亡する。日本では家畜伝染病予防法上、感染またはその疑いのある豚を確認した場合は届出と殺処分が義務づけられている。
農林水産省は「アフリカ豚熱は豚、いのししの病気であり、人に感染することはありません」と明記している。
日本はASFの清浄国で、これまで一度も発生が確認されていない。ただし東アジアでは中国・ベトナム・韓国・フィリピンをはじめ広く発生しており、農林水産省は「東アジアでアフリカ豚熱が発生していないのは、日本、台湾のみ」としている。国内に持ち込まれた違法な畜産物からASFウイルスが分離された事例も複数ある。
日本の防疫指針は「アフリカ豚熱の発症の抑制に効果的なワクチンが開発されていないことから、ワクチンは、使用しない」と明記している。世界的にも実用化されたワクチンはなく、対応は殺処分と移動制限、そして野生イノシシの管理が中心になる。
豚熱(CSF)とどう違うのか
名前が似ているが、まったく別のウイルスによる別の病気。日本語の名称も英語の名称も似ているため混同されやすい。
| アフリカ豚熱(ASF) | 豚熱(CSF) | |
|---|---|---|
| ウイルス | アスファウイルス科 | フラビウイルス科ペスチウイルス属 |
| ワクチン | 実用化されたものがない | 弱毒生ワクチンが確立 |
| 日本の状況 | 未発生(清浄国) | 2018年以降 流行中 |
| 人への感染 | なし | なし |
最大の違いはワクチンの有無
ASFはワクチンがないため、発生したら殺処分と移動制限しか手がない。野生イノシシに入り込めば清浄化は長期化し、その間ずっと輸出が止まる。
CSFはワクチンがあるため、日本では2019年10月から予防的接種が始まり、発生は年数件の水準に抑えられている。飼養頭数も相場も大きくは動いていない。ところが接種すると国際的な清浄国の要件を外れる。接種した豚と感染した豚を血清で見分ける手法が実用化されていないためで、日本は2020年9月に清浄国のステータスを失った。農林水産省のロードマップは、全国での清浄国ステータス取得を2050年の目標に置いている。
つまり、ASFはワクチンがないこと、CSFはワクチンを使うことが、それぞれ清浄化の難しさにつながる。
「豚コレラ」から「豚熱」へ — 2020年の名称変更
日本では2020年2月5日の家畜伝染病予防法の改正で、法律上の名称が「豚コレラ」から「豚熱」へ、「アフリカ豚コレラ」から「アフリカ豚熱」へ変更された。英語名が先に Hog cholera から Classical swine fever へ統一されていたことと、ヒトのコレラとの混同を避けることが理由とされる。
現在どこで発生しているか

WOAH(国際獣疫事務局)の集計では、2022年1月以降に5地域75の国と地域が発生を報告している。同期間の累計は飼養豚で1,194,920例、野生イノシシで54,017例、飼養豚の損耗は2,676,381頭。
欧州は野生イノシシ、アジアは飼養豚、米州はほぼ清浄
欧州は野生イノシシが主体で、2022年1月以降の累計33,903例と他地域を圧倒する。アジアは飼養豚が主体で7,430例。
EUでは2025年に影響を受けた加盟国が14に増えた。飼養豚での発生は585件で前年比+76%、うち81%がルーマニア。野生イノシシは11,036件で+44%と2021年以降で最多、その約3分の1をポーランドが占める。
米国は一度も発生がなく、カナダ・メキシコ・チリでも発生の記録がない。ブラジルは1978年に侵入したが1984年12月に清浄復帰し、以後維持している。例外は2021年7月のドミニカ共和国とハイチで、米州では40年ぶりの再発となった。
どう広がってきたか
起源はアフリカ、世界流行の系統は2007年のジョージアから
ASFはその名が示す通りアフリカ由来で、1921年にケニアで初めて記載された。本来はイボイノシシとヒメダニの間で維持される循環(森林サイクル)で成り立っており、アフリカの野生宿主は感染しても発症しない。
アフリカ域外に初めて出たのは1957年のポルトガルで、アフリカ路線の航空機の残飯、あるいは港に入る船舶の残飯を豚に給餌したことが原因とされる。現在の世界的な流行を起こしている系統(遺伝子型II)の起点は2007年のジョージアで、こちらも船舶の残飯が経路と推定されている。
過去の侵入例 — 清浄化まで1年から46年
| 侵入 | 国・地域 | 宿主 | 清浄化 | 所要 |
|---|---|---|---|---|
| 1960年 | スペイン | 飼養豚・軟ダニ | 1995年 | 約35年 |
| 1960年 | ポルトガル | 飼養豚・軟ダニ | 1993〜94年(1999年に再発) | 33〜39年 |
| 1978年 | イタリア・サルデーニャ島 | 飼養豚・放牧豚・野生イノシシ | 2024年9月 | 46年 |
| 1978年 | ブラジル | 飼養豚 | 1984年12月 | 約6年 |
| 2014年 | ポーランド・バルト三国 | 野生イノシシ | 未達成 | 12〜13年目 |
| 2017年 | チェコ | 野生イノシシのみ | 2019年2月 | 約1年8か月 |
| 2018年9月 | ベルギー | 野生イノシシのみ | 2020年11月 | 約2年2か月 |
| 2018年8月 | 中国 | 飼養豚・野生イノシシ | 未達成 | 8年目 |
| 2020年9月 | ドイツ | 野生イノシシ・飼養豚 | 未達成 | 6年目 |
| 2022年1月 | イタリア本土 | 野生イノシシ・飼養豚 | 未達成 | 5年目 |
| 2023年9月 | スウェーデン | 野生イノシシのみ | 2024年9月 | 約1年 |
| 2025年11月 | スペイン | 野生イノシシのみ | 未達成 | 進行中 |
※ ポルトガルは1990年代前半に一度清浄化したが1999年に再発し、その後撲滅した。文献により清浄化の年が1993年・1994年・1999年と分かれる。
野生イノシシやダニに定着すると長期化する
清浄化まで1年の例と46年の例を分けるのは、発生規模だけではない。大きく次の4点が関わる。
野生イノシシの個体群に定着したかどうか。飼養豚だけなら農場単位で封じ込められる。野生イノシシに入った場合も、狭い範囲にとどまっている間に除去できれば短期で終わる。スウェーデン・チェコ・ベルギーはいずれも野生イノシシのみの発生で、限局したまま1〜2年で終息した。一方、広域の個体群に広がったポーランドとバルト三国は2014年以来12年以上、ドイツは6年目に入っても終わっていない。
軟ダニ(ヒメダニ)がいるかどうか。ASFは節足動物が媒介する唯一のDNAウイルスで、ヒメダニの体内で増える。ポルトガルの感染農場で採取された軟ダニは、最低5年間ウイルスを保持していた記録がある。ポルトガルが1990年代前半に一度清浄化しながら1999年に再発した背景にはこれがある。豚を処分した後もウイルスが残り、清浄化が長引く要因になる。
初動の速さと、隔離が物理的に完結しているか。1〜2年で終息した3例では、対応の組み合わせが似ている。発生地をフェンスで囲い(ベルギーは277km、スウェーデンは核心区域130km²)、死体を徹底的に捜索・回収し(ベルギーは延べ約60,631人時)、隔離帯の中の個体群を計画的に間引き、狩猟者組織と組んで死亡個体の通報を主軸に据える。
国が殺処分の補償を財政支援するか。スペインが35年かけた撲滅で本格的に動いたのは1990年代初頭で、EUが生産者への殺処分補償を財政支援したことが転機になった。補償がなければ生産者は殺処分に応じにくく、発生の届け出も遅れる。
日本にとってのリスク
日本が清浄国であり続けている以上、「今後入ってこないか。侵入経路はどこか」が関心事になる。
侵入経路は残飯給餌に集約される
農林水産省は「過去の事例から、清浄国においてASFが発生する原因は、ウイルスに汚染された航空機や船舶から出る厨芥残渣を豚に給餌したことによるもの」としている。1957年のポルトガルも2007年のジョージアも、この経路で起きている。だからASF発生国からの肉製品等の持込みは、機内食も含めて禁じられており、動物検疫所は厨芥残渣が適切に処理されているか定期的に立入検査を行っている。
この経路のリスクは対岸の話ではない。台湾では2025年10月に台中市の養豚場でASFが確認されたが、この農場は残飯を飼料にしており、残飯の運搬車からもウイルスが検出された。台湾当局は、加熱が不十分な残飯を最も可能性の高い感染源としている。その後の発生がないまま2026年4月にWOAHで清浄ステータスを回復したが、当局はそこで止まらず、2027年1月から残飯給餌そのものを全面的に禁止する方針を打ち出した。
肉の中では長く生き残るが、長期熟成の生ハムでは死滅
FAOとEFSAが整理した推定最大値では、冷凍肉で1,000日、乾燥肉で300日、塩蔵肉で182日。血液については4°C保存で525日という実測値がある。
乾塩蔵の製品は、熟成期間によってウイルスの残存リスクが変わる。
| 製品 | 商業的な熟成期間 | ウイルスの陰性化 |
|---|---|---|
| セラーノハム | 180〜365日 | 140日 |
| イベリコハム | 365〜730日 | 140日 |
| パルマハム(骨髄) | 12か月以上 | 94日陽性 → 123日陰性 |
| 乾塩蔵ロース | 60日 | 最終製品で陽性 |
| パンチェッタ | 14〜21日 | 最終製品で陽性 |
長期熟成の生ハムは、熟成が終わる前にウイルスが死ぬ。一方、熟成期間の短い乾塩蔵品は最終製品にウイルスが残っていた。WOAHが定める非加熱の不活化処理が「塩蔵したうえで6か月以上乾燥」となっているのは、この境界に対応する。加熱であれば、肉の中心部が70°Cに達した状態で30分以上が基準になる。
※ 冷蔵肉110日・冷凍肉1,000日といった数値は、FAOとEFSAが既往文献から編纂した「既知または推定の最大値」で、単一の実験で測られた値ではない。
発生国からの輸入はどうなるか
初動:日本は国単位で輸入停止する
日本は発生国について、豚肉等の輸入を国単位で停止する運用を基本としている。実際の運用は次のとおり。
| 国 | 停止 |
|---|---|
| ポーランド | 2014年2月18日以降 |
| ハンガリー | 2018年4月24日以降 |
| ドイツ | 2020年9月11日以降 |
| イタリア | 2022年1月8日以降 |
| スペイン | 2025年11月28日以降 |
| フィンランド | 2026年7月31日以降 |
未加熱の肉(冷蔵・冷凍とも)と加熱処理品では扱いが違う。ドイツ・イタリアのように肉そのものが停止中でも、指定された加熱処理施設を経由した加熱処理品は輸入を続けられる。施設のカテゴリーによって、輸入を継続できる範囲が分かれる。
日本にも地域主義(ゾーニング)で再開する仕組みがある
日本の場合、国単位の停止は初動の措置で、その後の再開では地域主義(ゾーニング)も使われる。
対ハンガリーは県単位で再開したが、取引は戻っていない
対ハンガリーは、国単位の停止から県単位の再開に切り替えた。2018年の停止から約3年後、日本は「ASF清浄県」からの輸入は可能という条件に改めた。ただし、この再開から5年たっても、ハンガリーからの輸入はゼロのまま。県の清浄性は認められたものの、この条件で日本向けに指定された処理施設・農場はいまも1つもなく、取引は戻っていない。
※ 停止は2018年4月24日、輸入条件の改正は2021年1月28日。清浄県のリストは2026年4月時点でも更新されており、枠組み自体は生きている。指定施設・指定農場が無い旨は動物検疫所が明記。輸入の実績は2018年6月が最後。
デンマークとは発生に備えてゾーニングの評価を先に済ませた(26年8月)
デンマークとは、ASF発生前の段階からゾーニングの枠組みづくりが進んでいる。デンマークは依然として日本の冷凍豚肉の主要な調達先である一方、ASFの発生が続くドイツと陸続きにあり、発生後に交渉を始めれば輸入停止が長期化しかねない。そこで両国は、発生時はいったん全土からの輸入を停止したうえで、防疫措置の実効性を確認し、発生地域を除く地域から輸入を再開できる仕組みをあらかじめ検討してきた。2026年8月、農林水産省の審議会は、適切なリスク管理措置とゾーニングによって「我が国にアフリカ豚熱が侵入するリスクは極めて低くなる」と結論づけている。
※ 食料・農業・農村政策審議会 家畜衛生部会の答申(2026年8月3日。2024年9月の諮問から約1年10か月)。再開時のゾーニングの単位はデンマーク側の提案によるもので、発生農場から半径20km圏に一部でもかかる自治体の全域を停止対象とし、それ以外の地域からの輸入を認める。評価が済んだ段階であり、実際の適用には二国間の輸入条件の改正が必要。決定・適用済みではない。
同じ回の部会では、2022年1月から停止しているイタリア産の乾燥熟成豚肉(生ハム等)についてもリスク評価が諮問され、再開に向けた審議が始まっている。
日本が地域単位で再開するには年単位の交渉が必要
EU域内では、発生国の中に制限区域を設定して区域外の豚肉は通常どおり流通させる仕組みが常設されているため、発生と同時に地域単位の扱いが始まる。日本にはこの常設の枠組みが無く、発生国ごとに二国間の家畜衛生条件を改正して初めて地域単位の輸入が認められる。
| 段階 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| ① 初動 | 発生確認で国単位に停止(翌日〜数日) | ドイツ 2020年9月11日/スペイン 2025年11月28日 |
| ② 事後交渉 | 二国間の家畜衛生条件を改正し、清浄地域からの輸入を認める | ハンガリー 2021年1月28日(停止から2年9か月) |
| ③ 事前準備 | 発生前にゾーニング適用のリスク評価を済ませておく | デンマーク 2026年8月3日 答申 |
EU域内では発生した日から制限区域の外の取引が続くのに対し、日本の②は年単位の手続きになる。この速度の差が、次に見るスペインの発生後の各国の対応の差に直結する。
※ 「年単位」は規定ではなく実績。地域単位の再開には二国間の家畜衛生条件の改正が要り、ハンガリーは停止から再開条件の改正まで2年9か月、デンマークの事前評価は諮問から答申まで約1年10か月かかった。
輸入停止までは数日、解除には数年以上
禁輸は極めて速く発動する。ドイツで野生イノシシ1頭からASFが確認されたのは2020年9月10日で、日本はその翌日に輸入を停止し、中国は2日後に停止した。この時点でドイツの飼養豚には1例も発生していない。
対して解除には年単位の時間がかかる。ベルギーの例が最もわかりやすく、飼養豚での感染は最後までゼロだった。
| 時点 | 出来事 | 発生からの経過 |
|---|---|---|
| 2018年9月13日 | 野生イノシシで確認、29か国が禁輸 | — |
| 2019年8月11日 | 新鮮な死体での最終陽性 | 11か月 |
| 2020年11月 | EUがベルギー国内の制限区域をすべて解除(清浄化) | 2年2か月 |
| 2024年1月12日 | 中国が禁輸を解除 | 5年4か月 |
ベルギーの清浄化が完了してから、中国が解除するまでにさらに3年2か月かかっている。これは貿易統計にも表れており、ベルギーの対中国輸出は2018年の3,474トンから禁輸翌年の2019年に118トンまで落ち、中国が解除した2024年に2,125トンへ戻った。
止める範囲と解除の時期は国で分かれる
2025年11月のスペインの発生では、各国の対応にこの差が表れている。
| 国 | 措置 | 解除までの期間 |
|---|---|---|
| 中国 | バルセロナ県内の施設のみ停止 | 当初から実質非制限 |
| 韓国 | 全土 → EUの地域主義を承認 | 6日 |
| チリ | 地域主義を承認 | 11日 |
| フィリピン | 全土停止 | 約5.5か月 |
| 日本・メキシコ | 全土停止 | 8か月経っても未解除 |
スペインはこの間、一度も清浄ステータスを回復していない。つまり韓国もチリもフィリピンも、疾病が継続している最中に禁輸を解除している。中国の扱いが軽かったのは、発生の直前にあたる2025年11月中旬、スペイン国王夫妻の訪中時にASFに関する地域主義の相互承認協定が締結・発効していたためとされる。
ここで差を生んだのは、病気の状況だけでなく、地域単位での受け入れを認める二国間合意が成立していたかどうかである。
日本もこの点で動き始めている。デンマークとの間では発生前にゾーニングを前提とした評価を終えており、発生後に交渉を始めていた従来の動きから変化が見られる。
マーケットへのインパクト
発生国の相場は、上がることも下がることもある。生産が実際に減れば上がり、生産が減らないまま輸出先が閉じれば下がる。中国は2018年の発生後に飼養頭数が27.5%減り、豚枝肉の卸売価格は2年で2.4倍になった。ドイツ(2020年)とスペイン(2025年)は生産量が落ちないまま、生体豚価格が発生後の2〜3か月で2割前後下がっている。
4例(中国・ベトナム・ドイツ・スペイン)の経過と日本の調達への波及は インサイト「ASF発生と国際マーケットへの影響」を参照。
ワクチン開発の現在地
ワクチンの開発は進んでいるが、国際基準を満たして使えるものはまだ存在しない。
ベトナムで商用化されたが、WOAHは国際基準を満たさないと明言
世界初の商用ASFワクチンは、ベトナムが2023年に承認した弱毒生ワクチン2種。うち1つは米国USDAの農業研究局がプラムアイランドで開発した株のライセンス供与を受けたもの。ベトナム国内で400万回分超が供給され、約300万回分が接種された。フィリピンとインドネシアへの輸出も始まり、フィリピンでは2026年9月、農務省畜産局(BAI)が AVAC ASF LIVE の商業販売を承認し、ベトナム以外で初の商用流通が始まった。対象は生後1〜6か月の子豚・肥育豚で、韓国製の第2のワクチンも審査中にある。
それでもWOAHは2025年10月のロメ宣言で、「安全性・有効性・純度・事前認可に関する国際基準を完全に満たすASFワクチンは現時点で存在しない」と明言した。 挙げられた限界は3つ。接種と感染を見分けられないこと、遺伝子型IIだけを基盤としていること(アフリカには24の遺伝子型が存在する)、そして弱らせたウイルスが毒性を取り戻す例や野外のウイルスと組み換わる例が実際に報告されていること。同宣言はアフリカ諸国に対し、現行の商用ワクチンを輸入・使用しないよう求めている。EUも日本も承認していない。
接種と感染を見分けられず、清浄性を証明できない
CSFの節で見たとおり、接種した豚と感染した豚を見分けられなければ、清浄性を血清検査で証明できない。ASFでは遺伝子レベルの判別手法はあるものの血清学的な検査が存在せず、確定的な判別には全ゲノムの配列決定が必要になる。
組換え株には現行ワクチンがほとんど効かない
さらに近年、遺伝子型Iと遺伝子型IIが組み換わった株が広がっている。2021年に中国で発見され、2023年に正式に報告された。ベトナムでは陽性検体に占めるこの組換え株の割合が2023年の14%から2024年に42%、2025年には83%まで拡大し、2025年10月には台湾でも検出された。
問題は、ベトナムで認可されている遺伝子型IIベースのワクチンが、この組換え株にはほとんど効かないことにある。診断自体もネックで、従来の検査では組換え株を見逃す可能性が指摘されている。
ウイルス構造の違い
ASFウイルスとCSFウイルスは、科も核酸の種類も異なる別のウイルスで、構造は根本から違う。この章ではその生物学的な違いを整理する。(専門的な補足のため、読み飛ばしても差し支えない)

| CSFV(豚熱ウイルス) | ASFV(アフリカ豚熱ウイルス) | |
|---|---|---|
| 分類(科・属) | フラビウイルス科ペスチウイルス属 | アスファウイルス科(1属1種) |
| 遺伝情報を担う物質 | 一本鎖RNA | 二本鎖DNA |
| 遺伝情報の量 | 約12.3キロ塩基 | 170〜194キロ塩基対 |
| 遺伝子の数 | 12〜13種 | 151〜167 |
| 粒子の直径 | 約40〜60ナノメートル | 175〜215ナノメートル |
| 血清型 | 1つだけ | 確立していない(遺伝子型24以上) |
| 媒介する虫 | なし | ヒメダニ |
※ 塩基は遺伝情報を書く「文字」にあたり、キロ塩基は1,000文字。遺伝子は、その文字列の中でタンパク質1つの作り方を書いた1区切り。
遺伝情報の量でおよそ15倍、粒子の直径で4倍の差がある。ただし、ウイルスが大きく複雑だからワクチンが無い、という直接の関係ではない。同じ二本鎖DNAウイルスのオーエスキー病は、目印となる遺伝子を1つ欠いたワクチンで多くの国の家畜豚から根絶されている。
ワクチンの作りやすさを分けるのは血清型・防御抗原・免疫回避
CSFとASFでワクチンの作りやすさが違うのは、次の3点による。いずれも、ASFウイルスの遺伝情報が大きく複雑なことから生じている。

- 血清型が単一で、株の違いを越えて使えるか。CSFは血清型が1つであり、流行しているどの株に対しても、1つのワクチンが有効である。ASFは遺伝子型が24以上あり、株が違うとワクチンが有効に働かない。
- ワクチンの標的になる防御抗原が分かっているか。ワクチンは、免疫が標的にするウイルス成分(抗原)を体に記憶させて働く。CSFでは、E2というウイルス表面タンパク質が主要な標的として確定しており、E2だけを使ったワクチンでも完全な防御が得られる。ASFでは防御につながる抗原がまだ特定されておらず、ウイルスの感染力を失わせる抗体(中和抗体)が多くできた豚でも防御されないことがある。
- 免疫回避の仕組みの多さ。ASFVは150を超える種類のタンパク質を作り、体の初期警報にあたる免疫反応を抑える、感染細胞の自死(アポトーシス)を妨げる、免疫細胞にウイルスの特徴を示す働きを妨げる、といった作用を複数の遺伝子で重ねる。さらに、免疫の立ち上げ役である白血球の一種、マクロファージそのものに感染する。
この3点が、前章の「国際基準を満たすワクチンが無い」状態につながっている。
ヒメダニが媒介するため、豚を処分してもウイルスが残る
ASFVは、虫が媒介するウイルスとしては唯一のDNAウイルス。ヒメダニ(豚舎などにすむ軟らかい体のダニ)の体内で増えるため、豚をすべて処分してもダニの側にウイルスが残る。前述のポルトガルの例では、感染農場のダニが最低5年間ウイルスを保持していた。この点も、イベリア半島の撲滅に35年を要した要因の一つである。
冷凍肉の中での残存期間だけを比べれば、CSFウイルスもASFVと同等かそれ以上に長く残る。ASFVが際立つのは3点で、環境中(土壌・死体・豚舎)での持続性、酸性・アルカリ性への耐性の幅、そして規制上の扱いである。発酵・熟成による不活化(感染力を失わせる処理)は、国際基準でCSFには不活化処理として規定されているが、ASFには規定がない。
本記事で使ったデータは、以下のダッシュボードで確認できます。
- 農林水産省 アフリカ豚熱(ASF)について
- 農林水産省 アフリカ豚熱に関する特定家畜伝染病防疫指針
- 動物検疫所 偶蹄類動物の畜産物(ヨーロッパ、ロシア)
- 農林水産省 豚熱清浄化ロードマップ
- 公共電視 我們的島 — 首例非洲豬瘟事件始末(台湾・台中の発生と残飯給餌)
- 農林水産省 スペインからの豚肉等の輸入一時停止措置について
- 農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 第80回家畜衛生部会(デンマークのゾーニングに係る答申)
- 農林水産省 中国の豚肉の需給構造分析(委託調査)
- WOAH African swine fever situation report
- WOAH Terrestrial Animal Health Code, Chapter 15.1 (ASF)
- WOAH / GF-TADs Declaration of Lomé on vaccines against ASF (2025)
- European Commission — African swine fever
- EFSA — ASF outbreaks increase in pigs and wild boar across the EU (2026)
- FAO — African swine fever: detection and diagnosis (Manual No. 19)
- USDA APHIS — African Swine Fever
- USDA ERS Amber Waves — ASF Shrinks Pork Production in China (2020)
- Emerging Infectious Diseases — Recombinant ASFV genotype I/II in Viet Nam (2026)