用語集
生体・と畜最終更新 2026-09-04

ピッグサイクル

Hog Cycle / Pork Cycle

生体豚の生産量と価格が、数年周期で上下動を繰り返す現象。価格の変化が生産量に表れるまで1年〜数年以上の遅れがあるため、足元の相場だけでは将来の供給を判断しにくい。豚の繁殖・肥育の構造に根ざした周期で、米国をはじめ主要生産国の相場に古くから観測されてきた。

なぜ循環が生まれるのか

繁殖から出荷までの時間差が、需給の行き過ぎを生む

原因は一点に尽きる。 繁殖を決めてから、その豚が肉として出荷されるまでに、生物としての時間差(タイムラグ)がある こと。生産者が今の相場を見て頭数を調整しても、その結果が供給として市場に現れるのは、早くて1年、母豚そのものを増やす局面では2年前後先になる。

この遅れがあるため、需給は均衡点で止まらず、行き過ぎを繰り返す。

  1. 1採算の良い状態がしばらく続き、生産者が一斉に増産へ動く(母豚を増やす)
  2. 2母豚が育ち、その子が出荷される頃には供給過剰になり、相場が下落する
  3. 3採算が悪化し、今度は一斉に減産・母豚の淘汰へ動く
  4. 4減産が出荷の減少として表れる頃には供給不足になり、相場が上昇する → 1 に戻る

増産や減産の判断が実際の出荷増減として表れるまでには、1年から2年かかる(次節で分解する)。相場が上がれば増産し、下がれば減産する反応そのものは合理的だが、結果が出るのはそれだけ先。生産調整が市場に表れる頃には状況が逆へ振れているため、価格と生産量が互いを追いかけ、均衡点に落ち着きにくい。

クモの巣理論 — 価格と生産量が均衡点に落ち着かない

生産者が「今期の価格」をそのまま来期の判断に使い、先を読まないと仮定すると、価格と生産量の組み合わせは図の上で蜘蛛の巣状の軌跡を描く。これが農産物価格の古典モデル「クモの巣理論(cobweb theorem)」で、ピッグサイクルはその代表的な実例として、経済学で古くから取り上げられてきた(Harlow 1960)。図の軌跡が均衡点(需要と供給の交点)に収束せず外へ広がっていくのは、生産者が今の価格だけを見て動き、反応が一手遅れて毎回行き過ぎるためである。

左にクモの巣理論の模式図(価格と生産量の軌跡が均衡点で止まらず行き来する)、右に豚の循環(増産→時間差→供給過剰・価格下落→減産→時間差→供給不足・価格上昇)
クモの巣理論(左)と現実の豚の循環(右)。時間差があるため、価格と生産量は均衡点で止まらず行き過ぎを繰り返す(概念図)。

増産を決めてから出荷が増えるまでの時間

交配から出荷まで約10か月

タイムラグは大きく2段階に分かれる。まず、いま繁殖している母豚が産んだ子が出荷されるまでの時間である。生まれた豚が出荷体重に育つまでの標準的な所要時間は次のとおり。

段階期間の目安
妊娠約114日(3ヶ月3週3日)
哺乳 → 離乳約3週間
育成(子豚 / nursery)生後2〜3ヶ月まで
肥育(finishing)さらに約4ヶ月。生後およそ6ヶ月・約120〜130kgで出荷

交配(受胎)から出荷まででおよそ10ヶ月。母豚は年に約2産、1産あたり11〜13頭を分娩する。手持ちの母豚の数を前提にすれば、この10ヶ月ほど先の出荷までは見通せる。

母豚を増やす場合は2年前後

母豚の頭数を増やす局面では、この10ヶ月の前にさらに別の時間が必要になる。増産の決断には、採算の改善が数ヶ月続くのを見極める期間がいる。加えて、繁殖用の雌を確保しなければならない。後継の雌(未経産雌 / gilt)は、繁殖適齢(生後7ヶ月前後)に達するまで育てて、はじめて交配できる。そこから妊娠に約4ヶ月、生まれた子の肥育に約6ヶ月。決断の数ヶ月に、繁殖適齢までの約7ヶ月・妊娠の約4ヶ月・肥育の約6ヶ月が積み上がり、増産を決めてから出荷が増えるまでは2年前後に達する。

増産の決断から出荷が増えるまでの横型タイムライン。増産の決断・繁殖用の雌を用意・交配妊娠・分娩離乳・育成・肥育出荷の各工程と期間の目安
増産の決断から出荷が増えるまでの時間軸。交配から出荷まで約10ヶ月、決断から出荷増まで2年前後(概念図)。

増産の直後は、目先の需給が一時的に締まる

見落とされやすいのが、増産の入口では、むしろ供給が一時的に締まること。増頭にはまず繁殖用の雌が要るため、本来なら出荷していた未経産の雌(gilt)を手元に残す。その分、目先のと畜頭数はいったん減る。母豚を増やす動きと、それが肉の供給として現れる時点は2年近くずれる。増産を決めても、供給増として表れるのはかなり後になる。

出荷される三元豚は繁殖系に戻せない

交配体系を考えると、増産に必要な時間はさらに長くなる。現在流通する豚肉の多くは、複数品種を掛け合わせた三元豚(三元交配種)で、日本では7〜8割を占める。主流は LWD と呼ばれる組み合わせ。

  • ランドレース(L)× 大ヨークシャー(W)から、母豚となる雌(F1)を作る
  • その F1母豚 × デュロック(D)の雄から生まれた個体が、出荷される三元豚(LWD)

多産の大ヨークシャー、産肉性・発育のランドレース、肉質のデュロックを組み合わせ、雑種強勢(heterosis)による強健さも引き出す設計である。

純粋種(ランドレース・大ヨークシャー・デュロック)から、L×WでF1母豚、F1母豚×Dで三元豚(LWD)へと世代が降りる系統フロー
純粋種 → F1母豚 → 三元豚(LWD)と世代を降りて作られる。出荷される三元豚は繁殖に戻さない終端(概念図)。

増産の観点で決定的なのが、出荷される三元豚は、それ自身を繁殖に使わない終端(terminal)の世代である点。今いる肉豚から次の世代を増やすことはできない。まず一段上の F1母豚 を増やす必要があり、その F1 はさらに上の純粋種(L・W)から作られる。出荷を増やすには、世代を一段ずつ上へ遡って準備する必要がある。

繁殖ピラミッドを厚くする増産は数年がかり

この供給構造は繁殖ピラミッドと呼ばれ、頂点に純粋種(育種の核=nucleus)、中間に増殖群(F1母豚を作る=multiplier)、底辺に商業群(出荷用の肉豚を作る=commercial)が積み重なる。手持ちの母豚を増やすだけでも1年を超えるが、ピラミッドそのものを厚くする構造的な増産は、繁殖の世代を積み増すぶん時間がかかる。繁殖の世代交代を1回あたり約1年とみなせば、各段を積み上げる大規模な増産は数年がかりになる。このため現代の養豚は、相場を見てから慌てて増減するのではなく、あらかじめ計画的に親豚を用意しておく運用が前提になっている。

なお、頭数を増やす時間差とは別に、育種で得た改良(発育・肉質など)が末端の肉豚に行き渡るまでの時間もある。こちらは遺伝的ラグ(genetic lag)と呼ばれ、4〜10年を要するとされる。増産ラグ(expansion lag)とは別の概念だが、いずれも「豚の生産は短期には変えられない」ことを示している。

周期の長さ

生産は約4.5年、価格は約3年 — 3〜7年で伸縮する

こうした時間差が積み重なって、価格と生産量の周期に表れる。米国の実績では、生産の1周期が平均およそ4.5年、価格の周期はやや短く約3年。周期の長さ自体は一定せず、短ければ3年、長ければ7年と、その時々で伸縮する。「約4年周期」と語られることが多いが、毎回同じ間隔で繰り返すわけではない。

米国の周期 — 1950〜1986年の実績
区分平均レンジ
生産サイクル(1周期)約4.5年3〜7年
├ 拡大局面2.4年—
└ 縮小局面2.1年—
価格サイクル2.9年—

価格サイクルは1950〜1985年。出典: Pork Information Gateway。

牛より短いのは、頭数の増減が速いから

牛の循環(cattle cycle)に比べて豚の周期が短いのは、頭数を増減させるのにかかる時間の差による。牛は雌が繁殖適齢に達するまで約2年、生まれた子牛の育成にさらに約1年半かかる。豚の繁殖は月単位で回り、出荷までも半年ほど。豚は価格シグナルへの反応が速く、そのぶん周期も短く回る。

ただし、この4.5年前後という数字は1950〜1980年代の実績。1990年代以降、生産の構造そのものが大きく変わり、周期の出方も変化した。

近年、周期が弱まった理由

その構造変化によって、ピッグサイクルは以前より振幅が小さく、間隔も不規則になったとされる(消滅はしていない)。要因は大きく2つ。

大規模化・計画化で、相場への反応が鈍った

ひとつは生産の大規模化・計画化。米国では1990年以降、養豚場の数が7割以上減り、少数の大規模事業者に集約された。生産から加工までを契約や資本関係で結ぶ形態が主流になり、育種会社が系統と親豚を供給し、人工授精(AI)で優れた種雄を広く展開する。周年で計画的に回す体制のもとでは、目先の相場が下がっても生産を即座には止めない。価格への反応が鈍くなった。

母豚1頭あたりの生産性が上がり、頭数と生産量が対応しなくなった

もうひとつは母豚1頭あたり生産性の上昇。1腹あたりの子豚数が増え続けているため、母豚の頭数と生産量の対応が崩れてきた。米国では過去約30年で、母豚頭数の増加が数%にとどまる一方、豚肉生産量は7割近く増えた。母豚の頭数だけを見ると、供給の伸びを読み違えることになる。繁殖効率の上昇分を織り込まないと、供給を過小評価してしまう。

循環と混同しやすいもの

豚価の動きを、すべて数年周期の循環で説明することはできない。循環とは別の時間軸で動く要素が重なっている。

ひとつは季節性。1年のなかで繰り返す需要期と端境期による上下で、1年以内で完結する。1年以上の尺度を持つ循環とは、時間の長さが異なる別の現象になる。

もうひとつは外的な要因。ASF(アフリカ豚熱)や PEDv(豚流行性下痢)の流行、加工場の稼働制約、飼料相場の急騰などは、周期とは無関係に相場を大きく動かす。実際の値動きは、緩やかな循環に、季節性とこうした外的な変動が重なった形で現れる。

供給の先行指標

繁殖用の豚(母豚)の頭数は、将来の出荷を先取りする指標になる。今日の繁殖頭数が、半年から1年ほど先の子豚と出荷の量を規定するためである。米国の USDA NASS「Quarterly Hogs and Pigs」は四半期ごとに、繁殖用の雌の頭数、向こう半年の分娩予定、肥育中の豚の重量群までを調査しており、出荷が増減する数ヶ月から1年前に供給の山が見て取れる。

ただし、頭数だけを追うと供給を読み違える。1頭あたりの生産性が上がり続けているため、頭数が横ばいでも生産量は増える。頭数の増減は、繁殖効率の変化とあわせて見て、はじめて供給の実勢に近づく。

本記事で使ったデータは、以下のダッシュボードで確認できます。

参考・出典